ねこのいないせかいなんてありえないから。

投稿者: | 2017年9月3日

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猫のいない人生、というものが、私には考えられない。

というか、ネコのいない世界に生まれてしまったら、自分は来世を生きられないのではないか、と真剣に思う。

 

私は猫アレルギーだ。しかもアレルギーは生まれつきで、けっこう重篤。

食物アレルギーがでていたころは、夜中に発作が出て救急車で運ばれること3回。

「エピペン」という、アレルギーのアナフィラキシーショックが出たときに太ももに突き刺すでっかい注射器を持っている。

 

そんな私がねこと出会ったのは、18歳くらいのとき。

当時あまりにもアレルギーの発作が酷く、喘息も併発していたため、病院から飲み薬のステロイド剤を処方されており、アレルギーは小康状態だった。

しかし、その18歳のときに私は、人生の闇にいた。

高校を中退。2回も。普通の県立を中退し、通信制高校も中退した。

勉強が嫌いでなかったから、当時はまだ「大検」と呼ばれる大学入学資格検定試験を8科目受験して、それから大学に行こうと予備校に通っていた。

今39歳の私が当時、高校中退なんてしたらもう、人生からはドロップアウト、社会人としても全く認められない。

「高校にも通えないやつがバイトなんかできるわけないだろ!」と面接で怒鳴られたこともある。

そう考えると、日本も変わったものだ。

閑話休題。

そんな人生崖っぷち、みたいな私は勉強はしたが、金髪にピアスを5つ、大検仲間と毎日新宿でパチンコ。

「女の子なのだからせめて高校は卒業してほしい」という一心で私を通信制高校にやった親を泣かせっぱなしだったのだ。

 

そんなある日。深夜に終電で東京から田舎の自分の家に帰ると、珍しく母が起きていた。

なに、と睨みつけて文句を言うと、私の足元になにか黒いものがもぞもぞ。

びっくりして10センチくらい飛んだ私の足元に、顔が「八」に割れた白と黒の、子猫が近寄ってきてにゃー、と言った。

この生き物は、なんだ……。

しばし動けない自分。小さいのはくんくん匂いを嗅いで、なにやら背中を脚にすりすりしている。

「ネコよ、ネコ! 飼うって言ったの忘れてたの?」

と不機嫌な声を出した母も、声とは裏腹に顔は笑っていた。

 

そのときから、私の人生には「猫」がしっかりと刻まれることになった。

アレルギーでも猫を変える場合の、コツや条件、ただひたすらかわいいネコの画像、面白かったねこの習性。

そんなものを書いていく予定です。

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